大阪高等裁判所 昭和34年(ナ)5号 判決 1960年7月28日
原告 中根鶴京
被告 兵庫県選挙管理委員会
補助参加人 谷口寿治
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、請求の趣旨「被告が昭和三四年八月一七日なした訴願棄却の裁決はこれを取り消す旨の訴」につき主文第一項と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
第一、
(一) 昭和三四年四月二三日施行された神戸市議会議員選挙の長田区における議員の定数は一三名で、原告は他の候補者二二名とともに立候補したものであるが、翌二四日の開票において原告と被告補助参加人谷口寿治はいずれも有効得票総数三、三三五票と算定されたうえ公職選挙法第九五条第二項の規定にあたるものとして同月二五日選挙長がくじ引により当選人を被告補助参加人谷口寿治と定めた。
(二) 原告は右算定に不服があつたので、神戸市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は昭和三四年六月一三日有効投票の中から右候補者につき各一票ずつを無効投票として選び出し、無効投票の中に各一二票ずつの有効投票とすべきものありとして、結局差し引き両候補者ともにその有効得票総数は三、三四六票の同数となるので、前記くじ引きで決定した被告補助参加人谷口寿治の当選を取り消す必要はないと決定した。
(三) そこで原告は、右決定に対し、被告委員会に対し訴願の申立をしたところ、被告は昭和三四年八月一七日、候補者(被告補助参加人)谷口寿治については、同人の得票とされた三、三四六票のうち、無効投票とみるべき八票を差し引き、無効投票とされていたうちから同人に対する有効得票とみるべきもの一票ありとして該投票を加えて有効得票総数三、三三九票となるとし、原告については、三、三四六票から無効投票とみるべきもの一一票があるとしてこれを排除した結果、有効得票総数を三、三三五票と算定し、結局被告補助参加人の得票との間に四票の差があるとの判断のもとに、当選の結果には異動を生じないと裁決し、右裁決書は同月一九日原告に交付された。
第二、しかしながら、被告のした右裁決には左記のごとき違法があるから取り消しを免れない、すなわち
(一) 前記裁決は原告の訴願理由補充書第二記載の訴願事項に対し全く判断を示していない。
(二) 被告補助参加人谷口寿治の有効得票とされた投票のうちには、別紙第一目録記載のごとき投票が存在するが、これらの投票は次の理由により当然同人の得票数が控除せらるべきものである。
(1) 第一目録番号1の投票()は、公職選挙法第六八条第二号の公職の候補者でない者の氏名を記載したものと、もしくは同条第七号の何人を記載したかを確認しがたいものに該当するから無効である。被告は同投票は、選挙人がまず「谷田」と記載したのち、その誤りであることに気がついて「谷田」を棒線で抹消し、その右側に「タクノ」と記載したものと判定し、同投票を右候補者谷口に対する有効得票とするのであが、右記載はむしろ「タユクノ」または「タエクノ」と記載したものと判読するのが常識に適い、そして「タユクノ」なり「タエクノ」なる候補者は同選挙区内には存在しないばかりか、もし真実該選挙人において「タニグチ」と記載する意思であつたならば、投票記載の時間は全く制限がないのであるから、充分その記載を完了しえたはずである。また被告は右投票が、あまり文字に馴れたものの記載とは考えられないとし、このことを右判定の一根拠とするが、右投票の記載を熟視すれば、右側に記載された仮名文字は相当達筆であつて、「グ」、「ク」、「チ」と「ノ」を誤記したものとか、または中途でやめたものとは考えられない。
(2) 目録番号2の投票(谷)は一字であつて、被告はその有効、無効の判定にあたり、候補者中に「谷」のつくものが他に存在しないから、候補者谷口寿治を指したものと認めるというのであるが、「谷」なる姓は日本人一般にありふれた姓であり、かつ長田区内においても、同姓の者が多数存するのであるから、公職の候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とみるべきである。もし裁決のごとき判定が許されるならば、二字にわたる姓をもつ者の存する場合、その頭文字の一字をもつてどのようなありふれた姓を構成しても、それがみな有効投票の数のうちに算入されることになろう。かかる解釈は選挙人の意思に反するばかりでなく、法に定められた他事記載を禁ずる法の精神を没却し、ことさら一字脱漏することによつて、選挙人の特定を必要とする規定の趣旨を容易に潜脱することを可能ならしめるであろう。
(3) 目録番号3の投票(Dクチタニ)は明らかに他事記載である。なるほどこの投票の筆勢は稚拙ではあるが、決して被告のいうごとき不鮮明のものではなく、かつ無筆であつた者が、短期間の習字によつて、辛うじて記載したとまで断定する資料は全く見当らず、「口クチタニ」と記載したことが明白であるから他事記載の投票として無効とすべきである。
(4) 目録番号4の投票(大○○)はどのようにみても「大○○」と記載したとしか読みとれない。投票中にとかく存在する「大」の頭字は氏名を表示するのではなく悪戯書きの類に属するもので、右投票もまた右のごとき意図のもとに一たん「大」と書いたものの、中途で気がさし「○○」と書き加えてごまかしたものとみるのを相当すべく、ひつきよう右投票は候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効の票というべきである。
(5) 目録5の投票は明らかに「守口寿治」と記載したものと認められる。被告はこれを補助参加人谷口寿治の有効投票と算入するのであるが、他方同選挙の候補者に「森口」なる姓の者が存在し、「守口」も発音のうえでは同じであるから、同票は候補者の氏名混記の投票として無効とすべきである。
第三、原告の有効投票に一たん算入されながら、被告において排除した別紙第二目録記載の各投票は、いずれも原告に対する有効投票となすべきものである。すなわち
(1) 第二目録番号一の投票は「ナカヱ」と記載したものと認められるものであるところ、被告はその裁決において、候補者中に「中ノ瀬」「中山」なる者が存するので、右投票をもつて何人に対するものか不明であるとするのである。しかし原告の姓の発音は(nakane)であり中ノ瀬(nakanose)中山(nakayama)のそれとは明確に区別されるのに対し、右「ナカヱ」(nakae)と原告の姓とは鼻子音の(n)が欠けているのにすぎないものである。日本語は一音節に必ず一個の母音を有し、イタリヤ語と並んで言語学上特殊の位値を占める言語であるが、かかる母語を有する国民の常として子音の発音は最小限に止めんとする傾向のあることが認められている。吾人の経験に照らしても、東北地方出身者にこの傾向が顕著であり、関西弁も多分にその傾向を有する。(nakane)と発音すべきを(nakae)と発音するもののあることは決して不思議のうちに類しない。これを中ノ瀬、中山との発音上の懸隔に照らすと、わが国の音標文字たる仮名で記した「ナカヱ」の投票はむしろ自己の耳朶に響いたままを、あるいは自己の発音するまま忠実に表現したものであり、右投票は原告に対する有効投票として当然算入せらるべきものである。
(2) 目録番号二の投票(中、チネヱ)は、誤記抹消と認められる黒点を除けば「中チネヱ」と記載したものと判読することができる。被告は、右投票をも中ノ瀬、中山と原告との何人を記載したかを確認しがたいものとするのであるが、「中ノ瀬」「中山」の中の字を除いて仮名で記載すれば「中ノセ」「中ヤマ」であつてて、右投票とは明確な相違があり、「中ネ」と対照すれば、「ネヱ」は「ネ」の音を延ばしたもの、ないし母音を強調したものを前同様発音通りに記載したものとみる他に類似の姓をもつ候補者はいないのであるから、これらの各投票は当然原告に対する有効投票のうちに算入されるのが相当である。
第四、これに反し被告補助参加人谷口寿治の有効投票とされている左記の票は無効と算定せらるべきものである、すなわち
(一) 第一開票区綴番号ノ五八枚目と第二開票区綴番号ノ六二枚目の「谷口としはる」なる各投票は候補者中に「野田俊春(としはる)」なる氏名の者が存するので、右投票は候補者の氏名を混記したものとして無効でである。
(二) また、
第二開票区綴番号4二三枚目「谷口ト次」
同開票区綴番号4三六枚目「たにぐちよしを」
右同 九一枚目「谷口ひさし」
右同 九九枚目「谷口次郎」
第四開票区綴番号3四五枚目「谷口よしじ」
同開票区綴番号4 一枚目「タニpチ」
右同 二枚目「谷口正次」
右同 三枚目「谷口勝次」
同開票区綴番号5六五枚目「谷口イトジ」
同開票区綴番号6五三枚目「谷口コトジ」
同開票区綴番号3九〇枚目「谷m」
同開票区綴番号9 五枚目「タニグD」
右同 六枚目「谷口トシズ」
同開票区綴番号12 二枚目「たにぐし」
を相当とすべく、中央の「チ」はその他の文字と比較して小さくかつ横に黒点の存するところからみて、誤記を抹消せんとして中途でやめたものと認められるのであり、かつ「中ノ瀬」「中山」には「チ」の音は存しないのであるから、結局右投票は、原告を表示し、原告に対する有効投票と認めるのが相当である。
(三) 目録番号三ないし一一の投票は、いづれも「ヤマネ」または「山根」と記載されており、市選挙管理委員会においては、これらをいづれも有効投票に算入し、その数も九票に及んでいる。
「山」も「中」も日本人の姓には有りふれた文字で、語呂も類似しており、間違えられやすいうえ、他の候補者には「山」の字を冠する姓の者は皆無であるのに対し、「根」なる文字を含む姓、殊に「根」の字を下に附する姓は、一般的にみて、非常に少くこの文字は発音についても誤解をうけるおそれは殆んどないと考えられるのである。
したがつて根のつく人物と選挙人に記憶された原告が頭文字につき有りふれた字で誤り記載されることは当然に考えられ、現に原告の日常生活において、原告あての郵便物等が右のような誤記のまま配達されている事実に徴しても明らかである。われわれの記憶は、異常な点について鋭く、平凡な点にはなはだ曖昧であることは、今や心理学上の常識とされており、裁判心理学のうえに広く応用されているのが事実である。
「山根」は「中根」の記憶の面における誤記を認むべきであり、
右同 三枚目 「谷口ふさ江」
右同 四枚目 「谷口コトジ」
右同 五枚目 「谷口ヤスジ」
の各投票はいづれも候補者でないものを記載したものとして無効票に算入さるべきである。
第五、そうすると原告の得票は被告補助参加人谷口寿治の有効投票に上廻ること計数上明らかである。
以上の次第で原告は被告に対し、そのなした裁決の取り消しを求める本訴を提起したのであるが、訴訟の審理中当選人の一人が死亡し、また取り消しを求める対象たる本裁決が訴訟の提起のために確定していなかつたので、神戸市選挙管理委員会は公職選挙法第九七条第二項後段の規定により、原告を同点者で当選者にならなかつたものとして、当選人と定め、原告に当選証書を交付し、原告は目下被告補助参加人谷口寿治とともに神戸市会議員として活動中である。そのため本訴はすでにこれが取り消しを求める利益を失つたわけである。
そこで原告は昭和三五年六月一七日付内容証明郵便をもつて被告に対し訴願の申立を取り下げる通知をし、右書面は翌一九日被告に送達された。
したがつて原告のさきにした訴願のあることを前提としてなされた被告の裁決もまたその効力を失い、神戸市選挙管理委員会の決定はここに確定したわけであるから、これを確認する意味において、原告の訴願裁決の取消の訴に対しては請求の趣旨を変更して訴却下の裁判を求める次第である。
以上のとおり述べた。
被告委員会代表者は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、次のとおり答えた。
第一、被告は原告主張の訴願理由補充書の提出のあつたことは認めるが、しかし被告が右訴願理由補充書訴願事項について判断を示さなかつたのは右補充書の提出が時期を遅れておつたことと右申立の根拠が不確実であつたこと及び、本件について原告が神戸市選挙管理委員会に対して異議の申立を行い市選挙管理委員会は本件審理のため、本件選挙の有効及び無効投票の全部を開披点検したがその結果原告主張の如き投票が存在しない理由を信用したがため、原告の右主張は理由がないものと認めたのである。
第二、原告は本訴の冒頭において、係争の被告補助参加入谷口寿治に対する有効投票と認められた各投票の効力について、すべて異議があると主張し、被告のした訴願裁決の取消を求めるけれども右主張は左の理由によりこれを否認する。
まず投票の効力判定にあつては、その投票の記載、用いられた投票用紙など専ら形式的要素を基礎とし、投票の秘密と選挙の公正を保持しながら選挙人の意思を客観的に推測しかつ選挙人の意思を最大に尊重して決せらるべきである(最高昭和二六年(オ)第八九七号参照)
ところで形式的要素を基礎として判定するといつても、これのみを基礎として判定するのが適当であるわけではなく、投票の効力は選挙当時の事情を参酌し、選挙と投票に関係のある諸般の事情はすべて合せて判定の資料とするのが相当である。
しかし、ある投票が候補者の何人を記載したものであるかは、当該投票の記載自体について判定すべきものであつて、場合により選挙当時の一般情勢を参酌することはありえても、無記名投票のもとでは、特定の選挙人が候補者の何人に投票する意思であつたかをことさらせんさくし、臆測することは許さるべきでない。
第三、原告は請求原因第二の項において別紙第一目録1、()同2(谷)同3(同4(大○○)
各投票は無効であるというが右主張はいずれも否認する。すなわち
(一) と記載された投票は、あまり文字に馴れたものの記載したものとは考えられないが、まず選挙人は「谷田」と記載したが、その誤りであることに気付いて、これを訂正する考で、谷田を棒線で抹消し、その右側に「タニクノ」と記載したものである。
この投票をその運筆、筆勢からみると、選挙人の意思は「第四字目」を「チ」と書こうとして頭の「ノ」だけで書き終つたものと判断するのが相当であり、右一票は候補者谷口寿治に対する有効投票とみるべきである。
(二) 「谷」と記載された投票は、この筆勢から、ことさら有意の所為と認むべき理由も見出しえないし、候補者中に「谷」の字のつく者も存在しないから、候補者谷口寿治を指したものとして、この一票もまた同人に対する有効投票とするのが相当である。
(三) 「クチタニ」と記載された投票は、その文字はなはば稚拙で不鮮明ではあるが、運筆の稚拙なところからみると、無筆であつた者が、選挙を控え短期間の習字によつて辛じて記載したものと認められ、その文字からは「」の「」は他事記載の意はなく「タニクチ」を記載したものと認めるのを相当とし、したがつて右一票は候補者谷口寿治への有効投票とすべきである。
(四) 「大○○」と記載された投票であるが、この文字も非常に幼稚なものであるけれども、右と同様記載文字の筆勢からみて無筆であつた者か或は職業その他の事情で文字に不馴れな者の記載したものと認められ、さらに個々の文字の位置等から考えかつ候補者谷口の氏と照らし合せると「」と口の間があきすぎているが、漢字の「 」の下に口と記載したものと判断するのが相当でり、したがつて右一票もまた候補者谷口寿治に対する有効投票とみるべきである。
(五) 「守口寿治」の投票については、原告指摘のごとく、同選挙の候補者に「森口新一」なる候補者がいたけれども、漢字の「守」は「森」とは異なり、「守口寿治」の四字のうち「口寿治」の三字までが「谷口寿治治」に符合し、候補者中他にこれに類似する氏名の者がいなかつたことを考慮に入れ、また選挙人は候補者中の何人かに投票するものであることを前提とすれば、投票記載の氏名が、正確には、候補者の氏名を書いたものではなくても、投票記載の氏名と類似の候補者がいて、諸般の事情から該候補者に投票する意思で書かれたものと認められるかぎり、該候補者のための有効投票と判断すべきであつて、右一票も候補者「谷口寿治」えの有効投票と認むべきである。
(六) 「浜口トシジ」の投票は候補者中に浜崎為太郎という者があつたとしても、候補者中に「浜口」なる氏の者がなく、「トシジ」という名は候補者谷口寿治の外にないので、候補者谷口寿治を誤記したものと認めて、右候補者の有効投票とするのを相当とする。
(七) 「谷口」なる投票はその文字甚だ稚拙で不鮮明ではあるけれども、右側の「谷口」は誤字ではあるが「谷口」と判読できる、左側の「」は判読至難である、しかし、一見「サンヘ」とも判読されないこともないが、そうすれば無効投票とならざるを得ない。そこで真摯な努力のあとのみられるこの投票をつぶさに検討してみると左側の第二字目は片仮名の「シ」と判読できる。そこで、この投票に表われた運筆、筆勢などから見て選挙人は左側の第一字目を「ト」又は「と」と書こうとしたが、正確な「ト」又は「と」の字が書けなかつたので「ト」又は「と」ともつかないことをもぢつて書き終り、第二字目を「シ」と書いたものと判断される。そのように考察すれば右投票は「谷口ト(と)シ」と記載されたものと判断されるのでで、候補者谷口寿治の名の「トシジ」の「トシ」を表示しているものと推察できるから、同候補者の有効得票とするのが相当である。
第三、(一) 別紙第二目録一の「ナカヱ」同二の「中′チネエ」と各記載された投票は、候補者中に「中ノ瀬幸吉」、「中根鶴京」、「中山鶴松」があり、したがつて、右二票はこれら候補者のうち何人を記載したかを確認しがたいものとするのを相当とし、いづれも無効である。
(二) 同目録三ないし一一の「山根」または「ヤマネ」と記載された計九票の投票の効力について、原告は「山根」の「根」に重きをおき、「山根」は原告の通称ともいうべき実績も存在すると主張するが、「山根」を原告の氏名「中根」と同視しうべき根拠に乏しく、また右各投票の記載からみて、文字に不馴れな者が記載したものとも考えられないほど明確に記載されているところから、「中根」と書こうとして「山根〔手書き文字〕」と誤記したものとはとうてい認めがたく、したがつて右九票は候補者中根鶴京に対する有効投票と解することはできず、いずれも無効である。
第四、原告の有効投票に算入されている左記投票は検証の結果明らかに無効のものとして差し引かるべきである。すなわち
(一) 「中野」なる一票は、候補者中に「中」の字を冠する者として「中根」、「中ノ瀬」、「中山」は存するけども「中野」なる候補者はなく、むしろ「中野」なる投票は候補者「中ノ瀬」の「瀬」を脱字したものとも考えられ、したがつて該投票の記載自体から判断して「中野」を「中根」の誤記ないし近似性を有するとはとうてい考えることはできず、右「中野」なる投票は明らかに候補者でない者を記載したものか不明の投票である無効投票とすべきである。
(二) 「ハカネ」なる一票は明らかに数字の「八」かあるいは仮名の「ハ」と記載されたものであるが、かかる「ハカネ〔手書き文字〕」「ハカネ」と判定しうべき投票を「ナカネ」の誤記とみて候補者中根鶴京の有効投票とみることは許されない。
(三) 「なかねつるまつ」なる一票は明確に記載されており、しかも本選挙の候補者中に「中根鶴京」と「中山鶴松」の二名が存するので、右投票は候補者中根鶴京の姓「なかね」と候補者中山鶴松の名の「つるまつ」を混記した投票として無効とすべきである。
(四) 「ナカネツルキヨ」および「中根さん」の各一票はいづれも投票用紙のほぼ中央の折目の点線部分から二つに切り取られたものを一枚に組み合せたものであるが、右投票は明らかに成規の投票用紙を用いないものとして無効である。
以上により原告を次点者とした当選の結果には異動をきたすことはないから本訴請求は失当であると述べた。
被告補助参加人は被告の答弁として述べたところをすべて援用したほか、左の事項を附加陳述した。
第一、原告に対する有効投票に算入されている左記投票はいづれも無効投票として排除さるべきである。
(一) 「」と正規の用紙に記載しながら、これを半分に破つて投箱した以上「ナカネツルキヨ〔手書き文字〕」の半ピラおよび「中根さん」の半ビラの記載は正規の投票用紙に記載した投票とは認めることができないから無効である。
(二) 「」なる投票は中根鶴京に対する有効投票と考えるには余りにもわれわれの社会常識を逸脱した考え方であり、右投票は候補者でない者の氏名を記載したものとして当然無効である。
(三) 「ナカネ」なる投票は正規の投票用紙の候補者氏名欄に記載されずに裏面の箇所に書かれているのであるから、これまた正規の投票用紙に記載された有効投票とすることはできない。
(四) 「なかねしない〔手書き文字〕」なる投票は公職選挙法第六八条第一項五号の他事記載に該り、当然無効である。
第二、原告に対する有効投票として算入されている左記投票は次の理由により当然排除さるべきである。
(一) 「」「そかネ〔手書き文字〕」「」「」「山根つる京」の各投票はいづれも候補者の何人を記載したか確認しがたいものとして無効である。
(二) 「中井〔手書き文字〕」「」「」「」「ナカネ〔手書き文字〕」の各投票はいづれも候補者でない者を記載したものか、または候補者の何人を記載したかを確認しがたい投票としてこれを無効とすべきである。
第三、原告の請求原因第四の(一)(二)の主張に対し、「谷口としはる」なる投票は氏は漢字で名は平仮名で記載せられているところで候補者谷口寿治の読みは「谷口としぢ」であるが谷口寿治の第四字目の「治」は「はる」とも読まれ従つて「谷口としはる」とも読まれるので、右二票は、選挙人が「谷口としぢ」と読むところを、「谷口としはる」と読んで投票記載したものとするを相当とし「たにぐちよしを」なる投票は、その運筆、筆勢ならびに記載全体からみると選挙人は候補者谷口寿治の正確なる名の「としぢ」の読みがわからず「たにぐよちし」と六字までは書いたが最後の字をどのように書くのか自信を失い、第七字目を他の六字よりも鉛筆の色を一段とうすくし、一見「を」に見られるような字を書いて終つたものと認めるを相当とし、「谷口次郎」なる投票はその記載文字筆勢、字態特に第一字目の「谷」の字の「口」は数回にわたつてえどつていること及び第四字目の「郎」の字も二回ほど書き加えていることよりして、選挙人は投票所に到つて候補者谷口寿治と書こうとして、右候補者の氏である「谷口」とまでは書いたが名が何であつたかと迷つてつい「次郎」と書き誤つたものと判断せられるのであり、他に次郎なる名の候補者が存在しないところから、谷口寿治に投票しようとしたのを誤記したものと認めるを相当とし、
「谷口ト次」「谷口ひさし」「谷口よしじ」「」「谷口勝次」「谷口イトジ」「谷口コトジ」「」「タニグロ」「谷口トシヅ」「谷口ぐし」「谷口ふさじ」「谷口コトジ」「谷口ヤスジ」の投票は、投票に記載された氏又は氏名と候補者の氏名の間に多少符合しない点はあるが、記載文字等はいずれも幼稚なものであり、候補者中に右投票記載に類似する氏名のものは存在しないので、谷口寿治を誤記したものと認定するのが相当である。したがつて右投票はいずれも谷口寿治の有効投票というべきである。
以上のとおり述べた。
(証拠省略)
理由
昭和三四年四月二三日施行の神戸市会議員選挙にさいし、原告が他の候補者とともに同市長田区から立候補し、翌二四日開票の結果同選挙会において、原告と被告補助参加人谷口寿治の有効得票総数をいづれも三、三三五票と算定し、公職選挙法第九五条第二項の規定により選挙長がくじ引きにより当選人を被告補助参加人と定めたこと、右算定に対し原告が神戸市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は昭和三四年六月一三日、右両候補者の有効得票の中から各一票を無効とし、無効投票の中から各一二票を有効投票とみて差し引き計算のうえ結局各候補者ともその有効得票は三、三四六票となるから前記くじ引きで定めた被告補助参加人の当選を取り消す必要がない判定し、申立棄却の決定をしたこと、次いで原告が右決定を不服として被告委員会に対し、該決定の取消と被告補助参加人の当選無効確認を求める旨訴願の申立をしたところ、被告委員会は両候補者の投票全部を検討のうえ、被告補助参加人の有効得票とされた三、三四六票のうちから八票を排除し、無効投票中から一票の有効投票を加え、差し引き計三、三三九票の有効得票とし、原告の得票については有効投票から一一票の無効があるとして排除し、有効得票を三、三三五票と算定したため、両候補者との間に四票の差があり、結局当選の結果に異動を生じないとして同年八月一一日付で訴願棄却の裁決をしたことは、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証の一ないし三、同第四号証の一、二によつて明らかである。
ところで原告は本訴訟の係属中当選人の一名が死亡したことにより、神戸市選挙管理委員会から当選の告知をうけ、同年一〇月一一日、市会議員の当選証書を交付され、市会議員として活動中であることは被告との間に成立に争のない甲第五、六号証、原告本人尋問の結果によつて認めることができ、そのことのゆえに原告は、もはや訴訟追行の実益を失つたとして訴願の申立てを取り下げ、本訴について訴却下の裁判を求めている。そして原告が被告委員会に対し昭和三五年六月一七日到着の書面をもつて右訴願申立取下げの意思表示をしていることは、被告との間に成立に争のない甲第七、八号証によつて明らかである。
しかし行政庁である被告委員会のした裁決は、本来公定力ある行政処分であるから、右裁決の前提たる訴願の申立につき取下げの意思表示をしたからといつて、ただちにその効力を失うものと断ずることはできない。すなわち被告委員会のした訴願棄却の決定は原告の申立に始まり、これを前提とするとはいいながら、すでに訴願に対し何らかの決定が下され、その旨関係人に通知された以上即時確定を本質とする行政行為の性格からみて、該決定は関係当事者を拘束するものであつて、後日右裁決が権限ある行政庁により取り消されるが、あるいは訴訟においてこれが取消の確定裁判をうけないかぎり、公定力をもち、その裁決は依然存在するものと解すべきである。
しかしながら本訴訟の終結前、前叙のごとき事情のもとに原告は繰り上げ当選者と決定され、神戸市選挙管理委員会から当選証書の交付をうけ、そのため訴願の申立は実益を失つたとして被告委員会あて右申立取下げの意思表示を発し、今では強いて被告および被告補助参加人を相手に本件当選の効力を争い裁決の取り消しを求める意思のないことが看取しえられるのであるから、かかる段階に立ちいたつては、本訴は、もはや一般訴訟において要請される権利保護の要件を欠く不適法な訴とみるのを相当とすべく、したがつてこの意味において訴の却下を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 沢井種雄 千葉実二)
(別紙目録省略)